2011年11月のアーカイブ

国立西洋美術館

2011.11.24

昨日は勤労感謝の日、あまり勤労を感謝されていないお父さんは一人、上野公園に行って参りました。

 

そうだ「ゴヤ展」をやってたな―、と思い、久しぶりの美術館訪問でした、会場は国立西洋美術館。

 

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上野駅公園口は大勢の人々でいっぱいでした

 

 

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西洋美術館に向け歩いて行くと、「国立西洋美術館を世界遺産に」という旗があちこちに立てられています、なんでもフランス政府がフランスが生んだ建築界の世界的巨匠ル・コルビジェの作品を世界遺産に登録しようとしていて、海外での作品もその中に加えようとしているのだそうです。

 

 

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国立西洋美術館

明治の実業家松方幸次郎が収集した美術品(松方コレクション)を収蔵する為造られた施設、ル・コルビジェの設計により昭和34年に完成、その後コルビジェの弟子前川国男が新館を設計昭和54年に完成しました。

 

この美術館には沢山の思い出があります。

東京オリンピックが開催された昭和39年、フランス政府は日仏友好親善の為、"ミロのビーナス"を貸し出してくれたのです。高校二年の私は美術部の友人三人と夜行列車(蒸気機関車だったなー。あの頃の東京は今の何倍も遠い所でした)に乗り早朝の上野駅に着いたのでしたのです、6時くらいだったと思いますが行ってみると美術館を何周もする長蛇の列、まともな朝食も取らずその列に並び、人波に押されゆっくり見る事も出来ずその日の夜行列車に乗って帰りました。ただ四人とも"ミロのビーナスを見たぞー"という大きな高揚感を抱いて。47年前、半世紀の時が過ぎていました。

 

 

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フランシスコ・デ・ゴヤ(1746ー1828)はスペイン美術界の巨匠。宮廷首席画家として沢山の肖像画などを残しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しはこの道を志した事がある私は彼のデッサン力の高さに驚きました。「着衣のマハ」の様な優雅な油絵だけかと考えていたら、沢山の素描絵やエッチングなどの版画、それも社会を風刺した作品が数多くありました。今で言えば現場写真、戦争の悲惨さを訴えるような臨場感あふれる作品も。

 

これらの作品は全てマドリッドのプラド美術館に収蔵されています。これほどの規模のゴヤ展を海外で開くのは初めてとの事です。

 

プラド.jpgプラド美術館。

(写真はネットから拝借いたしました)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平成7年夏、私は正面玄関まで行ったのですが、「膨大な収蔵品を見るには時間がないなー」などと言い訳をし、食欲と呑欲に負け道路向かいのホテル・リッツのダイニングルームに入ったのでした。

 

 

リッツ.jpgホテルリッツのガーデンレストラン。(写真はネットから拝借)

 

スペインでは夜8時をすぎないとディナーは出してくれません、スペイン旅行の皆様は注意して下さいよ。

 

オット、話は食欲と呑欲の方へそれてしましましたね。

国立西洋美術館の話でした。 

 

 

 

 

 

 

 

G-solid

2011.11.17

毎朝、新聞を開けばTPPの文字が目に入ります。簡単に言えば対国間の関税を無くすという事なのでしょう。

 

前回のブログで当社が建築資材をなぜ購入する事になったのかをお話しいたしました。今回はその経験を家造りに役立てる事になったいきさつをお話しいたします。

 

平成5年頃建築会社間の競争は激しくなっていました。当社も「他社との差別化を計らなければ」と強い危機感を抱いておりました。当時のトレンドは<輸入住宅> アメリカやカナダ、北欧などの住宅が憧れの的でした。

 

私は当時毎年5月開催されていた建築資材の大展示会グッド・リビング・ショウを毎年見ていました。平成6年の会場で出会ったのがカナダ・ブリティシュコロンビア州(以下BC州)のブース、聞けば木製サッシやナラの無垢材で出来たドア、システムキッチン、フローリング等がかなり安価に手に入りそう。普通は「フーン、安そうだなー、でも関税や輸入手続きが面倒だなー、よくだまされると聞いてもいるよなー」とちゅうちょするところでしょうが、当社はスペイン、アメリカからの天然スレート輸入で培った経験があります。会場に居たカナダ人の女性からカナダ大使館の商務官ジム・アンフォルト氏の紹介を受け、一週間後には大使館を訪問。ジム氏から「直接取引でもよいが多品目の購入ならばBC 州公認のDistributor(集荷業者)を紹介するからそこを使った方がいいですよ」とのアドバイス。その日から10日後には故井上社長、興ろき、私の三人はBC州バンクーバーに「買い付け旅行」、ナラ材で出来たドア、フローリング、造作材、システムキッチン、Lowen社製の木製サッシなど40フィートコンテナ3本分の資材を買いこんで来たのです。

 

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輸入建材のカタログ【THE HOME】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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カタログ内部、ナラ材の玄関ドア、室内ドア、ガラスが入ったインテリアドア、クローゼット用折戸、システムキッチン、外部はアルミ室内側は木製のサッシなど。

 

 

 

 

 

 

同年の8月スペインで見つけたタイル業者からの輸入も始める事になります。

 

これらの建材を在来木軸工法の住宅に組み込んだ新商品を発売する事になりました。商品名は何にしようか、悩んで私が決めたのは≪Gーsolid ジーソリッド》Good(良い)、Gorgeous(豪華)、Great (素晴らしい)、Grain(木目)などの頭文字のGと無垢材を意味するSolidを繋げた造語でした。

 

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GーSolid 初めてのカタログ

 

 

そして平成6年11月モデルハウスを南足柄市内に造ったのでした。

 

 

斑目.bmpスペインからのタイルは船便では間に合わないので航空便で運びました、タイルは重いので材料費の何十倍の運賃が掛ったのですよ。この全て無垢材で出来たモデルハウスを見た皆様はとても驚かれました。その後GーSolidはよく売れてくれたのでした。

 

 

大津邸.bmp茅ヶ崎市内に造ったO 様邸、重厚な風合いがとても素晴らしい出来栄えでした。

 

 

平成7年、G―Solid の故郷を見せてやろうと思い社員全員と、建具屋の高橋さん、大工の佐々木さん、内装屋の佐野さん、材木屋の大野さん、設計士の七海さん、左官屋の尾登さんを連れてアメリカ、カナダの研修旅行に行って参りました。

 

バンクーバ0.jpg米国オレゴン州 ポートランドに一泊、バンクーバー二泊の強行軍で、米国の住宅建築現場、完成した分譲住宅、カナダの建具工場、キッチンメーカーの工場、塗装工場などを駆け足で見て参りました。

 

BC州からの輸入は平成6年(1994)当時の米ドルは1ドル95円くらいでした、その後1995年には79.75円になり輸入業者の私は円高のうま味を享受していました、しかしその後1998年には147.63円となり円安の重みに耐えられず,GーSolidシリーズからの撤退を余儀なくされたのでした。

 

この様な経験からTPPはとても身近な問題と感じられています、一時期建材輸入の仕事で、カナダ、アメリカ、韓国、中国、インド、スペイン、フランス、スウェーデン、デンマーク、等の国を訪問した私が率直に感じる事は日本人はもっと海外に出て世界を知るべき。TPPに参加すべし、というのが私の意見であります。

 

 

海外資材輸入の訳

2011.11.05

当社では24年前から世界各国から建築資材の直輸入をしています。スペインから天然スレート、タイル。カナダからウッドサッシ、無垢材の建具、フローリング、システムキッチンなど。韓国からロートアイアン。アメリカから天然スレート、無垢の内装材。中国からは御影石や大理石のタイルやロートアイアン、モールディングなど。インドから砂岩、ライムストーン。スウェーデンからはパイン材のフローリングや内装材。などです。

 

「マタ―、地域の小さな工務店がそんな事出来る訳ない・・・・・」と思われています。

 

それでは「なぜか」、のお話を・・・・・・。

 

まず 7月23日付けのブログ「天然スレート」http://www.shinshin-homes.com/blog/2011/07/post-31.htmlをお読み頂けますか。

当社は昭和62年「雄勝天然スレート株式会社」の経営を始めました。先代の故井上社長の強い思いから建材製造販売業への事業展開に乗り出す事になったのです。

 明治初期から採掘を重ねて来た石切り場は、それまでの経営難から整備が進んでおらず荒れた山になっていたのです。採石場の整備には予定を大幅に上回る半年ほどが掛りました。

採石、製造が始まつたのですが、予定製造量になかなか到達せず、「このままでは新進建設の経営にも大きな負担になる」というところまで行ったのでした。

 

そこで考えた井上社長は「世界で一番の生産国スペインから買った方が安いのでは」となりスペインへ。特に当てもなく飛んで行ったのです。とりあえずの情報は「オレンセ地方が産地」

オレンセのホテルに入った井上社長はホテルのフロントマンに「この町の屋根屋を呼んでくれないか」・・・・。来た屋根屋のおやじはとても好人物だったそうです。「この地域の天然スレート製造会社で一番良いところを教えてくれ」  「それならSAMACA社が一番だよー」

早速SAMACA社に会社訪問。その場でコンテナ3本分のスレートを買い付けて帰って来たのです。

 

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左が井上社長、その隣に当社の輸入担当の顧問をお願いしていた住吉さん。

 

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国内生産よりもはるかに安い買い物ができたのです。

 

 

その後大手設計事務所やゼネコンから「黒だけじゃなくグリーンとかワインカラーのもは無いのかね」との要請があり世界中の情報を集めるとアメリカ北部のバーモント州に色物の良いスレートがあるとの情報、今度は私が行く事にしました。

平成2年の8月。行先は〈VERMONT STRUCTURAL SLATE COMPANY〉ですニューヨークから小型飛行機でニューヨーク州の州都オルバニーまで、そこから車で2時間半、カナダ国境に近い小さな町〈Fair Haven〉にその会社は有りました。

 

 

オルバニー.jpgオルバニーで見かけた天然スレート葺きの素敵な家、この様なスレート葺きの家が沢山ありました。

 

フェアフェブン.jpg宮城の山とは比べようもない広大な採石場 でした。

 

フェアヘブンネゴ.jpg住吉さんの通訳で価格交渉 、グリーン、ワインカラー、グリーンとワインカラーミックスのモトルドを買い付け。

 

 

その後私も平成7年、スペインのSAMACA社を訪問

 

サマカ.jpgアメリカの採石場よりはるかに広大な 山、「はるか彼方まで私の山だよー」社長のロペスさん。

 

 

サマカ 記念撮影.jpg右が私、その隣がロペス社長、中央は国内の現場施工を一手に引き受けてくれた四倉製瓦工業所社長、四倉さん。 

 

この旅で現在もスペインから輸入をしているヨーロピアンタイルと出会う事になるのです。

 

以上長々となってしまいましたが、この経験が後々多くの海外建材の直輸入につながる事になるのです。

 

もし宮城の会社が思いどうりに生産出来たとしたら、輸入をしようなどとは思わなかったわけですね。会社存亡の時とった先代井上社長の英断でした。正に〈ピンチはチャンス〉の出来事だったのです。