
2011.02.04
今日は立春、厳しい冬が過ぎ新しい芽ぶきの時を迎える節目の日です。
昨日は節分、節分とは〈立春、立夏、立秋、立冬〉の前日の事。本来節分の日は年四回あるのです、すなわち春夏秋冬の季節を分ける日を指すのだそうですが、江戸時代から立春の前日を指す事が多くなったようです。冬を過ごして新しい年を迎える、というような意味合いが強くなった事のようです。
昨日、私は出雲大社相模分詞の節分祭にお招きを頂きました。受け付けを済ませると別室に通され着ていたスーツの上に裃を装着させられました。洋服の上に裃は何となく違和感がありますね。
本殿内において節分祭の儀式が厳かに執り行われ、境内に出てみると大勢の皆様がか待ち受けていました。
混乱を防ぐため、との配慮から六回に分けての豆撒きとなっていました。まず子供から、一人ずつ手渡しで、次には六五才以上のお"年寄り"(なにー、それでは私は来年から"お年寄り"か―・・・・・・・? )にも手渡し。その後、撒き手は壇上に上がり四回の豆撒きをしました。皆様にはこの福豆を食べて今年一年の邪気を払って頂きたいものです。
お土産に頂いた枡と豆を持ち帰り家で豆撒き、ふと幼い頃おばあちゃんが「天打ち、地打ち、鬼は外鬼は外、福は内福は内」と言いながら豆撒きをしていた姿を思い出しました、まず天井に豆をぶっつけ、次に床にぶっつけ、邪気を追い出し、福を招き入れるという故郷の習わしだったのでしょう。
年の数だけ豆を食べる事になっていますね。一つ、二つ、三つ、・・・・・・六四つ。もう沢山ですね。