
2011.02.23
もう20年近くなりますかねー。
もう春も近い頃、大磯町内の現場に立って向かい側の山を見ていたら風になびく黄色いモヤが・・・・フワーッ・・・・、その時からでした。「花粉症」それまでは私には関係のない病と思っていました。社内にも何人かその病の人が居ても、私はすっかり他人事のように思っていたのです。特に工事部長の興梠は重症でこの時期になると目は赤くはれ上がりくしゃみのしどうしでした。幼い頃から育った環境の中に杉の木は豊富にあり、杉の実をを弾にする杉鉄砲などを作って遊んでいたものですから自分は絶対この病にはかからない、とたかをくくっていたものでした。
その一件から今日までこの時期になるとマスク、目薬、テッシュペーパー、が離せなくなります。行きつけのクリニックからは鼻炎薬を。真にうっとおしい季節に悩まされています。
ご親切な皆様からは、「どこそこの医院が良いよ」とか「ヨーグルトを毎日食べるといいよ」とか「どくだみ茶が良いよ」・・・・・・・・・・・。また「この薬私も使ってみてとっても良いみたい」と言って持ってきて下さるかたもいます。
昨年の暮れ井上大工さんが「私も妻も重症なんだけどこの薬良く効きますよー」と言って持って来てくれたのが点鼻薬「アラミスト」、看護師の奥さんお勧めの一点。鼻の穴にシュッシュッと二回ずつ吹き込む物です。
アラミスト
グラクソ・スミスクライン〈株)社製です、花粉症の皆様も試してみたらいかがでしょうか。
しかし完全とはいかずマスクのお世話になっている毎日です。五月の連休の頃までこの対策が欠かせません。
マスク姿はあまりいただけたものではありませんね。
当社「花粉症友の会会員」は興梠、廣木、三浦(将)、藤間、円山、香田、町田、簑島等。本年、お仲間になる新会員が増えます事を・・・・・・・。
2011.02.13
昨晩テレビのチャンネルを回していたら、懐かしいメロディーが耳に入って来ました。
「ミューズの晩餐」という初めて見る番組、昨晩のテーマが"シェルブールの雨傘"1964年のフランス映画です。

(写真はネットから拝借)
私は多感な高校生の時にこの映画を見て大感激したものです。故郷石巻市内に「東宝」という洋画専門の映画館がありました。封切から少し遅れの二本立て、三本立ての映画館、私の高校時代の思い出には無くてはならないシーンです。沢山の思い出に残る映画のなかの一つが"シェルブールの雨傘"。カトリーヌ・ドヌゥーヴが主演した全編セリフが「歌」によるミュージカル。ミッシェル・ルグランの曲が、マーいい事、いい事・・・・・・・・。悲恋物語なのですがここでは内容にはふれずにおきます。ただカトリーヌ・ドヌゥーヴの美しさとテーマミュージックの切なく美しい事、ラストの偶然の出会い、別れに心動かされたものです。

月日は流れ1975年、私は新所帯を東京都小金井市の小さな貸家にもっておりました。たしか6月頃だったと思いますが新宿の映画館で"シェルブールの雨傘"が再演される事を知り身重の妻と見に行ったのです。「絶対いいよ、感激するから」と私、「そりゃあなた、高校時代の感受性豊か案な時に見たからよ」と何となく冷たい妻。私達は映画館の席に腰をおろし"感情移入"しながら見ていました。

大切なラストシーンの少し前、私達の真後ろの席に若いアベックが入って来たのです。この彼女の方が彼氏に「このガソリンスタンドであの二人が再会するのよー」「こんな偶然てあるのかしらー」「車の中の女の子は二人の娘なのよー」とか私達にも聞こえるようにいちいち筋書きを語るのだよねー・・・・・・。
せっかく多感な時代に戻って妻とこの悲恋物語に感激を新たにしようと思ったのに・・・・・・・。腹が立ったから幕が降りてから振りむいて「うるさいんだよ、あんた」と言って家路に付いたのでした。
"シェルブールの雨傘"、この音楽を聴くたびに複雑な思いがするんだなー。
2011.02.04
今日は立春、厳しい冬が過ぎ新しい芽ぶきの時を迎える節目の日です。
昨日は節分、節分とは〈立春、立夏、立秋、立冬〉の前日の事。本来節分の日は年四回あるのです、すなわち春夏秋冬の季節を分ける日を指すのだそうですが、江戸時代から立春の前日を指す事が多くなったようです。冬を過ごして新しい年を迎える、というような意味合いが強くなった事のようです。
昨日、私は出雲大社相模分詞の節分祭にお招きを頂きました。受け付けを済ませると別室に通され着ていたスーツの上に裃を装着させられました。洋服の上に裃は何となく違和感がありますね。
本殿内において節分祭の儀式が厳かに執り行われ、境内に出てみると大勢の皆様がか待ち受けていました。
混乱を防ぐため、との配慮から六回に分けての豆撒きとなっていました。まず子供から、一人ずつ手渡しで、次には六五才以上のお"年寄り"(なにー、それでは私は来年から"お年寄り"か―・・・・・・・? )にも手渡し。その後、撒き手は壇上に上がり四回の豆撒きをしました。皆様にはこの福豆を食べて今年一年の邪気を払って頂きたいものです。
お土産に頂いた枡と豆を持ち帰り家で豆撒き、ふと幼い頃おばあちゃんが「天打ち、地打ち、鬼は外鬼は外、福は内福は内」と言いながら豆撒きをしていた姿を思い出しました、まず天井に豆をぶっつけ、次に床にぶっつけ、邪気を追い出し、福を招き入れるという故郷の習わしだったのでしょう。
年の数だけ豆を食べる事になっていますね。一つ、二つ、三つ、・・・・・・六四つ。もう沢山ですね。